人生初!ボクシング観戦?
♬ド~はドーナツのド~
♬レ~はレモンのレ~
♬ミ~は…
みんな大好き❤
みのりんのミ~~~っ*\(^o^)/*
♬ドシラソファミレ み・の・り!Hey!
おはようございまーーーす(。・∀・。)ノ♡
みのりんこの前、後楽園ホールにて初体験!!してきましたっ!!
デデーン\\٩( ‘ω’ )و //
なんとっ!!!
ボクシング観戦っ?????
ボクシング!!
関心の「か」の字もないスポーツ!!!
(ボクシング業界の方、ごめんなさい!笑)
3月31日にテレビでやるじゃんね毎年?
お父さんとかお兄ちゃんとか見てたけど、みのりんは、紅白!紅白!って思ってたわけ❤笑
スポーツに興味がないわけじゃないんだよ??
野球は好きでよく観るし、
(初恋の人は野球部だった❤うふふ)
サッカーも見れるし、
(オフサイドは謎だけど??)
相撲はおばあちゃんが大好きだったし~✨
夕方のテレビはいつも相撲だったよ( ˙°˙ )
両国国技館に見に行ったこともあるのだ?
だからね、わりとスポーツ観戦って好きなんだけど、ボクシングは例外っていうか?笑
だって痛いやぁ~ん(××)
怖いやぁ~ん(/´△`\)
見たいと思ったこともない笑
ん~言いすぎかな笑
(ごめんね❤笑)
だけどね、そんなみのりんがね、行ってきたんだよこの前~!!!
なんで行ってきたのか気になるでしょ~???
あのね~
なんでかっていうとね~
親戚がプロボクサーとしてデビューしたからであ~る~✨
はい拍手っ!!!
ぱちぱちぱちぱちぱち~!!!
?????
お母さんの従姉妹の息子、
だからつまり、ハトコね??
小さい頃よく、おばあちゃんちで遊んだなぁ~
ハトコっていう遠さや、家系のややこしさ(笑)が当時は理解できず、どーゆー関係なのかよくわかってなくて、「なんか同い年の男の子(親戚らしい)」ってくらいの感覚で遊んでたのだけど( ˆoˆ )
そんな「なんか同い年の男の子(親戚らしい)」がプロボクサーデビューですよ∑(・ω・ノ)ノわお
ちょー久しぶりに連絡が来てね、
「子供の頃とはまた違ったオレを観れると思うから是非」っていう言葉に誘われて、応援に行ってきたわけですよ٩(๑•̀ω•́๑)و
初めて訪れる後楽園ホール。
近づくにつれて怖い風貌の人が増えていく‥\( °д° )/
みのりん、浮く浮く(笑)
私の周りだけ無重力なんじゃないの!?ってくらい\( ˙▿˙ )/
え、「浮く」の意味が違うって?
失礼しました❤てへ
特に形容しませんが、私が浮くような感じでした(イカツかったですみんな((( ˙-˙ ))))笑
(「みのりんが浮くって相当じゃない!?」ってエミリーに言われたけど、それは私はイカツイということだろうか( ¯−¯ )
ん?
エミリーと仲が悪いんじゃないかって?
えっと、多分、大丈夫!笑笑)
(怯えながら)会場に近づいていくと、入口にはポスターがドーーーンッッ
ひゃー!!!
すごいいいー!!!
今日これに出るの?ハトコが?!
そう思うとワクワクドキドキ…
チケットに書いてある番号の席に着いて、
わぁ~
これがテレビによく出る後楽園ホールかぁ~
なんて圧倒され、
落ち着かず、緊張で喉が渇き、ロビー?に飲み物を買いに行く。
こっちも緊張するわけよ!
親戚だもの!!
そうそう、私は飲みたいときに飲みたいものが飲めるけど、軽量をしなきゃいけないハトコは、飲み物すら制限していたそう。
食べ物を我慢したことはあるけど、水分補給を我慢したことってみのりんはなくて、
「めっちゃ喉乾いたしめっちゃ腹減った」ってメッセージくれたハトコを想像して、ますますこっちもアツくなるというか。
試合直前、リングの裏にウォーミングアップするハトコの姿が見えて、
こっちも興奮しちゃうよね
久々に見るハトコは、めっちゃ燃えてて、既にちょーかっこよかった
いやーね、試合の最中のこととかほぼほぼ覚えてないんだよね
生まれて初めて観るボクシング。
ルールもよくわからないし、なんで殴り合うのかもわかんないの。
頭を使って観ようとすればそれも可能なんだろうけど、親戚が殴り殴られてる姿を観て、頭なんて働かなくて、本当にいろんな気持ちになった(んだと思う。あんまり覚えてないけど。)
覚えてるのは、ものすごく頭が痛くなったってこと。
やっぱり、見てるだけで痛いし怖いし、親身になって応援しようとすればするほど、感情移入してしまったのかな、頭が痛くて痛くてね。
ほらまた今も、何度思い出しても頭が痛いの。
4回戦あってね、
1回戦目は取られたのかな、
2回戦目は取ったんだっけかな、
うろ覚えだけど、2回戦が終わった時点で1-1だったのは覚えてる
いーぞいーぞいけいけ次取ったら勝ちだー!!
って思いながら、応援する方も必死よね
殴りまくってるときは、会場一体となって、選手の名前のコールとかも起こったりしてさ、
殴られまくってるときは応援団もしゅんとしちゃったりさ、
お互い、波があってね、
本当に、【闘い】だった。
勝ち負けの世界。
私の知らない、勝ち負けの世界。
見たことないくらいの迫力よ。
3ラウンド目、アンディーも相手も疲れてきててね、もう本当に見てられないわけ。
人のこと殴ってる人を応援して、倒れさせたら勝ちで、後遺症が残るかもしれないし、死ぬかもしれなくて。
でも、なんとしても勝ってほしくて、なんかもうこっちもトランス状態。
殴りまくったり、殴られまくったり。
殴りまくったり。
トランス状態による”いーぞいーぞ!”も束の間、殴り合いの末、アンディー側のセコンドがタオルを投げ入れTKO負け。
何が起こったのか私にはさっぱりわからなくて、状況が把握できないまま、担架がやってきて、意識の無さそうな(わからないのよ)アンディーは運ばれていきました。
見えないの。席からは。
ほんっとにボクシングなんて初めてで何もわからないから、倒れて担架で運ばれるのも、あの程度は日常茶飯事なのか一大事なのかすら全然わからないまま、私は混乱&放心状態。
なんともないことを願いながら。
試合が終わった後のボクサーがどんな状態なのかもわからないし、でもまぁ一人で帰っちゃいけないって聞くから、危険な状態ではあるんだろうと予想はしつつも、会話ができる状態なのかとかもわからないのだけど、わたしはすっかり興奮していて、会って話がしたくてたまらなかったのね。
連絡したけど当然返事は来ず。
後に続く試合を、ボーっと見たり、たまに見入ったりしながらアンディーからの連絡を待っていました。
後に続く試合はね、面白いなって思った瞬間もあったよ。
良い勝負だなとか、右手と左手の駆け引きが面白いなとか。
でもなんか、見世物みたいで、嫌悪感は最後まで心の片隅に残ってたなぁ。
見ず知らずの人の試合は特にね。
(ボクシングの歴史を調べてみると、やっぱり見世物だった時代はあるみたいね。)
痛いし怖いしで、頭痛もひどくて見てられなくて、アンディーから連絡も来ないし、全試合が終わる前にもう帰ろうかなって思ったりもしたけど、連絡が来るかもしれないからって外で待ってたら、
セミファイナルの直前、リング上にアンディー登場。
「ご心配おかけしました」と。
良かった~…
それから席まで来てくれて、少しだけお話できたのだけど、試合前の顔とは全然違うの。
当たり前だけど。
傷だらけだしアザだらけ。
「せっかく応援に来てくれたのに、すみませんでした…!!」と。
いや、なんかもう、言葉にできなくて。
うん、言葉にできないんです。
とっても落ち込んでいて、応援にきてくれた人ひとりひとり謝る彼の姿に、心打たれるばかりでした。
私から彼に向けてなんて、なんも言えなかった。
ハグすらできんかった。
ボクシングってさーね、合法の殺人とか言われるじゃない?
だから、それを通して何がしたいんだろう、なんでボクシングやってるんだろう、って私にはわからなくて。
殴って殴られて、倒れて倒して、記憶が飛んだり病院に運ばれたり、死ぬ可能性だってあるのに、それをやる理由が私にはわからなくて。
後楽園ホールを出てから、一緒に見に行ってくれた友達とめっちゃ議論!
後日みなみちゃんともめっちゃ議論!
私はね、
「みんなで手を繋いで笑ってたい!」
そう思って生きてるから、それが、”勝ち負け”っていう概念とは矛盾してるような気がして、勝負事の世界で生きてる人の気持ちを理解するのが難しかった。
“世界平和”だとか、”みんなが喜ぶことをしたい”だとか、”みんなのために”だとか、そういう気持ちで演奏してるようなつもりでいたから。
でもそれって、単に自分がやりたいことをやってるに過ぎないし、
そういう気持ちでしか演奏してないんだとしたら、なんておこがましいんだろう、と。
偽善。
ボランティアだって、ある種、自己満足な要素もあると思うし。
良いことすると気持ちがいいから。
でも、もはや、”良いこと”とか”悪いこと”とかってのも主観的だし、
良いと思ったことも誰かにとっては迷惑だったりすることも少なくないし。
結局もう、すべて、自分が中心にいるってこと。
全部自分が決めるってこと。
(真央ちゃんも会見で言ってたなぁ。「自分で決めた」って。)
つまり、自分の人生は自分で生きるしかないってこと。
じゃあみんなひとりぼっちなの?
「みーーーんなと手を繋いで笑ってたい」私の気持ちはどうしたらいいの?
繋がれないの?
「世界が平和になってほしい」と願うこの気持ちはどうしたらいいの?
とも思ったけど、その拠り所はきっとあって、
同じ想いを持つ人と出会えて、ともに生きていくことができれば、それが最高の幸せなんじゃないかと。
ひとりぼっちじゃない。
そういう関わり方をしたいな。
私の周りにいる大切な人たちと。
そして、もっと大切にして、愛をもって生きていきたい。
ボクシングをやりたい人の気持ちは、私にはやっぱりわかりません。
想像・理解はできたとしても、同じ想いはきっと抱けない。
だけど、よろけながら闘っているアンディーを見て、とってもとってもとっても勇気をもらいました。
てことは、これは、世界平和に繋がると私は思うわけ。
同じ想いを持つ人同士の相乗エネルギーはきっと半端ない。
それは想像に難くないけれど、
同じ想いは抱けないって人にも勇気を与えることができる。
それをアンディーは教えてくれた。
だとしたら、みんな繋がれるよね。
別のフィールドで生きている人にも影響を与えることができるってことだもん。
3月23日、赤坂1111でワンマンライブをやらせていただいた時、
お客様の中に、学生時代サックスを吹いてらっしゃった方がいて、
今はたまに演奏されているのだろうか?そこのところはあやふやだけれど、
今は長くお勤めされている男性が、こんなことを言ってくださいました。
「みんなが楽しそうに演奏している姿を見て、昔だったら、このアツく燃えたぎったエネルギーがサックスに向いて、『俺も吹きたい!』と思っていたけれど、今は違う。
今は、『自分にできること=次世代の育成をしなくては!』と思うようになった。」と。
もちろん前者もものすごく嬉しいお言葉!
でも、後者こそ、”別のフィールドで生きている人に与えられる影響”というのを示唆しているのかなって思った。
私の解釈だけど。
その連鎖がたくさんたくさん起こったら、世界平和に繋がるっていうか、単純に私が、いいなって思う。
わくわくする。
ただ、そうやって人に影響を与えたり、勇気を与えることができる人になるってのは、なかなか簡単なことじゃない。
アンディーは、命を懸けて、そこまで辿り着いてる。
うん。
そういうことだ。
命を懸けてもいいと思える何かに出会えたアンディーはとっても幸せだと思うし、素晴らしい!すごい!と心から思う。
「命を懸ける」って、軽々しく言葉で表現できないほどのことだと思う。本当に。
私も、音楽を通して成長して、そんなふうになりたい。
てゆーかならないと!!
自分が納得した人生は絶対生きられないと思うんだ。
死ぬ時、後悔が無いように、生きたい。
いつ死ぬかなんてわからない。
明日死ぬかもしれない。
いつも、常に、
後悔が無いように、
一心不乱に生きたい。
ここまで想いを馳せるきっかけをくれたアンディーには心から感謝しています。
ボクシングをやりたいと言うアンディーの心を支えた、今は亡き祖母のことも改めて尊敬したし、
その血が入ってることもまた、誇りに思う。
自分の周りの大切な人を今まで以上に大切にするとともに、
自分のことも大切にして、とことん愛して、
限りある時間を良い時間として、生きていきたいなって思いました。
ありがとうアンディー。
心から感謝しています。
ボクシングを見に行ったあの日は、本当に素晴らしい日でした!
毎日がそうあるべきだよね!!
自分の人生を生きるぞ!!!!!!!!!